食わされすぎてる現代人。ダイエットの社会的な意義を語る。
どんだけ食べても太らないなら毎日ラーメンとチャーハン、もしくは蕎麦とおにぎりを食べたい三浦です。
ダイエットする意味は?
たぶんミウラタクヤ商店に関わったことある人は1度はダイエットしたいと考えたことあると思います。痩せたいってね。
でもダイエットする意味ってなんでしょう?「太ったから痩せたい、体重も元に戻したい、脂肪を減らしたい」って目的が強いと思いますが、三浦はそれも含めて、いろいろな価値がダイエットにはあるな、と考えてます。
人間の細胞レベルの課題なので、ダイエットって誰しもが持つ悩みです。テレビとかネットニュースとかでも、わかりやすい形で紹介されていて、いつしか一般的なものからゴシップエンターテイメントに近い捉え方をされるやすいものだなと感じてます。
それも間違いじゃないけど、僕のメディアから感じるのは「ダイエットはお遊びだよ。みたいなニュアンス」です。ダイエットはそんなに大切なことじゃないよ、太ってるのを痩せたらダイエットってやめていいよ。みたいな。
食生活の改善じゃなくて「痩せることにフォーカスされてるから暴論がたくさん発生!」みたいな(笑)
でも、僕はダイエットって、そんなゴシップだけのことじゃなくて、社会的な価値がめちゃくちゃあると思ってます。その理由を説明しますね。
食わされ過ぎてる現代人。
現代人は栄養の勉強もせず、手軽で気軽に美味しいものが、沢山の選択肢から選べる環境が整っています。
ダイエットの本来の意味は「報酬満足」と「栄養満足」の意味合いがあり、栄養満足のために食事をとり+αで「報酬満足」でよかったはずです。要は「栄養摂取が目的」と「美味しい幸せ」の感覚。
しかし、今は食べること自体が企業のマーケティングにより「報酬満足」に偏ってきており、栄養も同時に偏ってると思います。なんとなくで食べるものを決めてる。
いま「腹が膨れる風だけど栄養足りない食事」が増えており、それをなんとなく食べてる結果、満腹感が足らず、なんとなく食べ過ぎて、年齢や体調のことも考慮せず、結果太って肥満になる、みたいな。そんな流れができてるなーと思います。
三浦が考えるダイエットの
社会的な意義。
んで肥満が増えると糖尿病患者が増えて、人工透析が必要な腎疾患の患者が増えて、人工透析ふえるのもで医療費が逼迫して、自分や自分の子供の負担が劇的に増えていくことが見えちゃってます。
でも、この未来ってのは個々人のダイエットによって幾分か変えられるはずで「自分の食生活を少し頑張って考えられる人」が増えていけば、これ意義があることだと感じます。
すごい偉そうな話なんですけど、その食生活を改善することで痩せるかができる。そしたら未来は少しよくなるから「ちょっと自分の食生活への視点を1つあげよう」って、お客様にはたらきかけていくのが、ミウラタクヤ商店の活動の起点。
自分に関わってくれる人たちの健康意識を少し上げて食習慣も変えていくのが僕のやりたいことです。世界を変えるなんて大義名分は持ちませんが、やれることをコツコツ地道に仕事として頑張るって感じです。
好きに食べることは悪いことでないし、健やかに生きれれば、極論ダイエットなんぞせずとも全然良いと思います。
ですが「ダイエットはお遊びです」みたいな感覚は違うと思ってて、食生活やダイエットについて少しだけ話聞いてくれる?みたいなテンションでやってるのがミウラタクヤ商店なので、よかったら生涯ぜひお付き合いくださいませ。