糖質と脂質の代謝における活性酸素の発生とその影響
ダイエットや健康維持の観点から、「糖質と脂質、どちらをエネルギー源として優先すべきか?」という議論は長年続いています。その中でも、エネルギー代謝の過程で発生する 活性酸素(Reactive Oxygen Species, ROS) に着目すると、脂質の方が「きれいに」代謝されると言われることがあります。本記事では、糖質と脂質の代謝の違い、活性酸素の発生メカニズム、そして脂質代謝がよりクリーンなエネルギー供給源である理由を科学的根拠とともに解説します。
1. 糖質と脂質のエネルギー代謝の基本
まず、糖質と脂質の代謝がどのようにエネルギーを生み出すのかを簡単に整理します。
(1) 糖質(グルコース)代謝
糖質は 解糖系(glycolysis) を経てピルビン酸に分解され、その後ミトコンドリアで クエン酸回路(TCA回路) と 電子伝達系(ETC) を介してATPを生成します。
- 解糖系:酸素を使わずに速やかにエネルギーを生成(2ATP)
- ミトコンドリアでの酸化:酸素を使いながら大量のATP(約36~38ATP)を生成
- NADHやFADH₂を活用:電子伝達系で酸素と結びつき、ATPを生み出すが、その過程で活性酸素が発生
糖質は短時間でエネルギーを得られるが、代謝の過程で NADHが過剰に蓄積しやすく、電子伝達系での電子漏れが増えて活性酸素が多く発生する という特徴があります。
(2) 脂質(脂肪酸)代謝
脂質は β酸化(β-oxidation) によりアセチルCoAへと分解され、ミトコンドリアでクエン酸回路と電子伝達系を経てATPを生成します。
- β酸化:脂肪酸を段階的に分解し、アセチルCoAを生成
- クエン酸回路:糖質と同様にATPを生産
- 電子伝達系:エネルギー効率が良く、活性酸素の発生が少ない
脂質のエネルギー効率は 糖質よりも高く、ATPを生成する際の電子の流れがスムーズで、余分なNADHが溜まりにくい ため、結果として 活性酸素の発生量が少ない のです。
2. 活性酸素(ROS)が発生するメカニズム
活性酸素は電子伝達系で電子が漏れた際に発生する副産物です。通常、酸素(O₂)はATP合成に利用されますが、一部の電子が酸素と結びついて スーパーオキシド(O₂⁻) などの活性酸素が生じます。
- 糖質代謝では NADHが急激に増えやすく、電子伝達系の負担が増加 → 電子漏れが多く、活性酸素が発生
- 脂質代謝では NADH/FADH₂の供給が穏やかで、電子伝達系の効率が良い → 電子漏れが少なく、活性酸素の発生が抑えられる
このため、糖質をエネルギー源として利用する場合、ミトコンドリアがストレスを受けやすく、酸化ストレス(oxidative stress)が増加しやすいのです。
3. 糖質代謝と活性酸素の関係
糖質代謝による活性酸素の増加は、さまざまな健康リスクにつながります。
(1) インスリン抵抗性の悪化
糖質の過剰摂取により血糖値が急上昇すると、膵臓からインスリンが大量に分泌されます。この状態が長期間続くと インスリン抵抗性が高まり、糖尿病リスクが増大 します。また、インスリン抵抗性の進行に伴い、ミトコンドリアの機能低下と活性酸素の蓄積が起こることが研究で示されています(Evans et al., 2003)。
(2) 炎症の増加
活性酸素は細胞膜やDNAを傷つけ、慢性的な炎症を引き起こします。炎症は 動脈硬化、がん、アルツハイマー病 など多くの生活習慣病の原因となることがわかっています(Finkel & Holbrook, 2000)。
4. 脂質代謝が「クリーン」な理由
一方、脂質をエネルギー源として利用する ケトン体代謝(ketogenesis) は、糖質代謝よりも酸化ストレスを抑えられることが知られています。
- ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸) は、NADHの蓄積を防ぎ、抗酸化作用を持つ
- 電子伝達系がスムーズに働くため、活性酸素が発生しにくい
- ミトコンドリア機能の向上が期待できる
実際、ケトン体は抗酸化作用を持つことが示されており、 糖質制限やケトジェニックダイエットが神経疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病)の予防につながる可能性がある という研究も増えています(Newman & Verdin, 2017)。
5. 結論:脂質はより「クリーン」なエネルギー源
糖質と脂質の代謝における活性酸素の発生量を比較すると、 脂質の方が電子伝達系での電子の流れが安定し、活性酸素の発生が抑えられるため「クリーン」なエネルギー源である ことがわかります。
特に、ケトジェニックダイエット(脂質を主要なエネルギー源とする食事)は、 酸化ストレスを低減し、ミトコンドリア機能を向上させる可能性がある ため、糖質中心の食生活と比べて健康メリットが多いと考えられます。
したがって、健康を維持しながらエネルギー効率を高めたいなら、 脂質を主要なエネルギー源とし、糖質の摂取を適度に抑えること が一つの有効な戦略になるでしょう。
参考文献
- Evans, J. L., Goldfine, I. D., Maddux, B. A., & Grodsky, G. M. (2003). Oxidative stress and stress-activated signaling pathways: A unifying hypothesis of type 2 diabetes. Endocrine Reviews, 24(5), 599–622.
- Finkel, T., & Holbrook, N. J. (2000). Oxidants, oxidative stress and the biology of ageing. Nature, 408(6809), 239-247.
- Newman, J. C., & Verdin, E. (2017). β-Hydroxybutyrate: Much more than a metabolite. Diabetes Research and Clinical Practice, 127, 43-50.







