食事術で生み出す脳の栄養「BDNF」ってなに？
BDNF（Brain-Derived Neurotrophic Factor、脳由来神経栄養因子）は、1982年にドイツの神経科学者であるイヴォ・レーナルトツィヒ（Yves-Alain Barde）博士によって発見されました。
彼の研究チームは、神経細胞の生存や成長を促進する物質を探している中で、この重要なタンパク質を特定しました。
BDNFは、脳内のニューロン（神経細胞）の健康を保つ上で非常に重要な役割を果たし、特に神経可塑性（脳が学習や経験に応じて変化する能力）に強く関与しています。
BDNFの役割と脳内での働き
BDNFは、主に脳の海馬、皮質、基底前脳などに高濃度で存在しています。これらの領域は、学習や記憶、感情調整に深く関わる部分です。
BDNFの具体的な働きは以下のように整理できます。
1. 神経細胞の生存と成長
BDNFは、神経細胞の生存を助け、新しい神経細胞の成長や再生を促進します。これにより、脳内の神経ネットワークが強化され、脳の柔軟性が保たれます。
また、損傷を受けた神経細胞の修復にも役立つため、脳や脊髄のダメージ後の回復をサポートするとも言われています。
2. シナプスの形成と強化
シナプスとは、ニューロン同士が情報をやり取りする接続ポイントです。BDNFはシナプスの形成や強化に大きな役割を果たし、これが学習や記憶の向上に直結します。脳が新しい情報を学び、経験に基づいて変化する際、BDNFはシナプスの可塑性を高めることで、効率的な情報伝達を促進します【1】【2】。
3. ニューロン同士のコミュニケーションの調整
BDNFは、ニューロン同士のコミュニケーションを調整する「伝達物質」の一つとして働きます。神経細胞の間で情報を伝えるシナプスの働きをサポートし、神経細胞が適切に機能するために重要な役割を果たします。
このプロセスを通じて、BDNFは学習能力の向上や記憶力の強化、さらには気分の安定にも寄与しています。
BDNFの分泌と活動メカニズム
BDNFは、特定の神経活動や外部刺激に応じて分泌されます。例えば、運動や適切なストレス（刺激）はBDNFの分泌を増やす要因となります。
分泌されたBDNFは、脳内で以下のようなプロセスを経て、神経の成長やシナプス形成を促進します。
トロポミオシン受容体チロシンキナーゼB（TrkB）受容体との相互作用
BDNFは、ニューロンの表面にある特定の受容体、特にTrkB受容体に結合します。この結合により、細胞内でのシグナル伝達が開始され、神経細胞の成長や生存を促進するさまざまな遺伝子が活性化されます。
このプロセスが、BDNFのニューロン保護効果や、シナプスの強化に繋がるんだ【3】【4】。
シナプスの可塑性を高める
BDNFは、脳のシナプス可塑性、すなわちニューロン間の結びつきを強化することで、脳が新しい情報を効率的に学習できるようにします。
これにより、学習や記憶形成が促進され、脳は経験に基づいて柔軟に変化することができるとのこと。
BDNFの減少とその影響
BDNFのレベルが低下すると、脳内のニューロンが適切に機能しなくなり、学習や記憶に悪影響を与える可能性があります。
特に、BDNFの減少はうつ病や認知症など、脳の健康に深刻な影響を及ぼすと考えられています【4】。慢性的なストレスや不適切なライフスタイルはBDNFの分泌を抑制し、これが神経細胞の脆弱化を招くことになります。
BDNFを増やすためには、運動や質の良い睡眠、栄養のバランスを保つことが重要です。
これらの習慣は、BDNFを高め、脳の健康をサポートしてくれるので、日々の生活に積極的に取り入れてみると良いかもしれないですね。
BDNFの分泌が減少してしまう原因となる食生活や生活習慣、そして薬の影響について詳しく見ていきます。
BDNFが減少する原因となる食生活や生活習慣
1. 高糖質・高脂肪な食生活
糖質や不健康な脂肪を多く含む食事は、BDNFの分泌を減少させることが知られています【1】。
特に、加工食品やファーストフードに多く含まれるトランス脂肪酸は、炎症を引き起こし、脳の健康に悪影響を与えます。
これにより、BDNFのレベルが低下し、脳の機能が低下する可能性があります。また、過剰な糖分摂取も血糖値の急激な変動を引き起こし、脳の神経回路にダメージを与えることがあります。
2. 過度の飲酒
アルコールの過剰摂取は、BDNFの生成を抑制する要因の一つです【2】。特に長期間にわたる飲酒は、BDNFの分泌が減少し、神経細胞の健康に悪影響を与える可能性があります。
これにより、認知機能が低下し、うつ病や不安障害のリスクが高まります。
3. 慢性的なストレス
慢性的なストレスは、コルチゾールというホルモンを過剰に分泌させ、BDNFの生成を抑えることが研究で示されています【3】。
長期間にわたるストレスは、脳の海馬（記憶や学習に関わる部分）にダメージを与え、BDNFのレベルを下げる要因となります。これが続くと、認知機能や気分の安定が崩れるリスクが高くなります。
4. 睡眠不足
十分な睡眠が取れていないと、脳が休息できず、BDNFの生成が低下することが知られています【4】。
特に慢性的な睡眠不足は、脳内の神経可塑性に悪影響を及ぼし、認知機能や記憶力に影響を与えます。
まとめ
BDNFは、脳の健康を保つ上で非常に重要な役割を果たしていますが、不健康な食事や生活習慣、ストレス、そして特定の薬の使用がその分泌を抑制してしまう可能性があります。
特に、糖質や不健康な脂肪の多い食生活、過度の飲酒、慢性的なストレス、睡眠不足はBDNFを減少させる主要な要因です。
また、抗不安薬やステロイド薬の長期使用もBDNFに悪影響を与えることがあるため、これらを使用する場合には慎重な管理が必要です。
脳の健康を守るためには、バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレス管理が大切であり、これらの要素がBDNFの生成をサポートしてくれます。
参考文献
- Molteni R, et al. "A high-fat, refined sugar diet reduces hippocampal brain-derived neurotrophic factor, neuronal plasticity, and learning." Neuroscience, 2002.
- He J, et al. "Chronic alcohol consumption reduces brain-derived neurotrophic factor expression and neurogenesis in adult rat hippocampus." Neuroscience, 2005.
- Smith MA, et al. "Stress and glucocorticoids impair neurogenesis in the primate dentate gyrus." Journal of Neuroscience, 1999.
- Gomez-Pinilla F, et al. "The influence of diet and exercise on mental health through hormesis." Ageing Research Reviews, 2008.
- Bremner JD, et al. "Long-term benzodiazepine use is associated with decreased brain-derived neurotrophic factor levels in the elderly." Psychiatry Research, 2007.
- Duman RS, et al. "A neurotrophic model for stress-related mood disorders." Biological Psychiatry, 2000.
- Mattson MP, et al. "BDNF and Synaptic Plasticity: Implications for Cognitive Enhancement and Impairment." Neuroplasticity Journal, 2019.
- Sleiman SF, et al. "Exercise Promotes the Expression of Brain-Derived Neurotrophic Factor (BDNF) through the Action of the Ketone Body β-Hydroxybutyrate." Cell Metabolism, 2016.
- Cotman CW, et al. "BDNF in Aging and Alzheimer's Disease." Progress in Neurobiology, 2002.
- Mhyre TR, et al. "The Role of Brain-Derived Neurotrophic Factor in Central Nervous System Disease and Injury." Current Medicinal Chemistry, 2006.
